マレーシアの英字紙 Malay Mail が2026年8月9〜10日、「マレーシアで警察に呼び止められたら知っておくべきこと」と題した解説記事を掲載しました。根拠として使われているのは、マレーシア弁護士会(The Malaysian Bar)が市民向けに配布している通称「レッドブック」(Red Book — The Police and Your Basic Rights)です。
内容はマレーシア市民一般に向けたものですが、在住日本人にとっても実用性が高い情報です。ここでは、弁護士会の公式解説・レッドブック・移民局の公式情報を突き合わせながら、押さえておきたいポイントを整理します。
1. 身分証の提示を求めるのは「私服の相手」— 色で階級がわかる
マレーシア弁護士会の解説は、警察官が制服を着ていない場合に身分証(authority card)の提示を求めてよいとしています("You may ask the police for identification if the officer is not in uniform.")。Malay Mail も同じく「制服を着ていなければ、丁寧に警察の身分証を見せてもらうように」と説明しています。
あわせて弁護士会は、そのカード番号を控えておくことを勧めています("Take note of the identification card number.")。私服の相手ほど身分の確認が重要になる、という順序で覚えておくとよいでしょう。
カードの色は階級を表します。
- ●青(Blue) — Inspector(警部)以上
- ●黄(Yellow) — Inspector 未満
- ●白(White) — 予備警察官(reserve police)
- ●赤(Red) — 職務停止中の警察官。権限を持ちません
色の意味を知っているだけで、相手がどの範囲の権限を持つのかを大まかに判断できます。
2. 「呼び止められただけ」の段階で求められるもの
Malay Mail の解説では、単に呼び止められた段階で提示を求められるのは、氏名・NRIC(マレーシアの国民登録番号)・住所とされています。
外国人にはこれに加えて注意点があります。マレーシア移民局(Jabatan Imigresen Malaysia)は公式サイトの「よくある違反」ページで、本物のパスポート/渡航文書/入国許可証を求めに応じて提示できないこと、および有効な査証・パスの裏書きがないことを、移民法1959/63 第6条(3)(不法入国)に当たる状態として挙げています。罰則は最高RM10,000の罰金または最長5年の禁錮(もしくは併科)、加えて6回以下の鞭打ち、コンパウンド(反則金)はRM3,000です。
オーバーステイ(第15条(4))は最高RM10,000の罰金または最長5年の禁錮(もしくは併科)、コンパウンドRM3,000とされています。なお移民局のページでは、オーバーステイの欄に鞭打ちの記載はありません(鞭打ちが明記されているのは第6条(3)と、文書偽造の第55D条・旅券法第12B条です)。
また移民局は同じページで、外国人に対し滞在中はパスポート/渡航文書を携帯すること("must carry with them during their stay in Malaysia")を求めています。コピーで足りるとは書かれていないため、原本を携帯するか、少なくともすぐ取り出せる状態にしておくのが無難です。紛失した場合は直ちに移民局へ届け出るよう記載されています。
3. まず聞くべきは「私は逮捕されているのですか?」
Malay Mail は、最初に確認すべき質問として次の3つを挙げています。
- 1「私は逮捕されているのですか?」(Am I under arrest?)
- 2「なぜ逮捕されるのですか?」(Why am I under arrest?)
- 3「どの警察署に連れて行かれるのですか?」(Which police station are you taking me to?)
マレーシア弁護士会の解説も同じ方向で、逮捕されていないのであれば「立ち去ってよく、警察署へ同行するよう求められても断ってよい」と明記しています("If you are not under arrest, you may walk away or refuse to follow the officer back to the police station.")。逮捕なのか任意の職務質問なのかを最初にはっきりさせることが、その後の対応を決める分岐点になります。
逮捕された場合、弁護士会の解説によれば警察は逮捕の理由を告げなければならず、逮捕した警察官は直ちに最寄りの警察署へ連行しなければならないとされています。
4. 所持品検査とボディチェックのルール
- ●弁護士会の解説では、逮捕されていない状態での身体検査は、Inspector 以上の階級の警察官の立ち会いのもとで行われる必要があるとされています。ただし弁護士会がこの場面として挙げているのは、警察が娯楽施設などで一斉捜索(raid)を行っているケースです。路上で呼び止められたあらゆる場面に一律で当てはまる規定として書かれているわけではない点は、あわせて知っておいてください。
- ●女性の身体検査は女性警察官のみが行える("A woman may only be body-searched by a female officer.")と明記されています。
- ●ポケットやバッグの中身は、警察官に手を入れさせるのではなく、自分で出して見せることを申し出るほうがよい("Do not allow the police to put their hands into your pockets or bags. Volunteer to empty your pockets or bags in their presence.")とされています。
- ●裸にされる検査について、弁護士会は2つの場面に分けて説明しています。逮捕されていない場合は「捜索のために裸にされることを求める法律はない」("There is no law requiring you to be stripped naked for a search.")、逮捕された場合も「裸にすることを警察に強制させる法律はない」("Even when arrested, there is no law allowing the police to force you to be stripped.")。Malay Mail も、いわゆるストリップサーチは自動的に行われるものではないと説明しています。
- ●逮捕に伴う身体検査については、仕切られた私的な場所で受ける権利がある("It is your right to have the body search conducted in a confined and private place.")とされています。
5. スマートフォンの検査は「誰にでも」できるわけではない
在住者の関心が高いのが、検問(roadblock)での携帯電話チェックです。この点は2025年1月に一度議論になりました。
当時の警察庁長官(IGP)が「Inspector 以上の階級の警察官は、犯罪の疑いがあれば検問で携帯電話を検査できる」と発言したのに対し、マレーシア人権委員会(SUHAKAM)が2025年1月18日付の声明(Media Statement No. 06-2025)で明確化を求めました。SUHAKAM は刑事訴訟法(CPC)第116B条を挙げ、Inspector 以上の階級の警察官が携帯電話やデジタル機器にアクセスできるのは、犯罪が行われた/行われていると信じるに足る相当な理由がある、進行中の捜査の一環としての適法な捜索に限られると説明。そのうえで「検問での携帯電話の検査を恣意的に行うことはできない」と述べました。
違法な捜索に遭った場合について SUHAKAM は、発生場所と、警察官の制服に表示された氏名・識別番号を控えたうえで、警察に届け出るとともに SUHAKAM へ申立てを行うよう市民に呼びかけています。
つまり、検問で誰彼構わず携帯を見せろと言われる筋合いはない、というのが人権委員会の立場です。ただしこれは2025年1月時点のやりとりであり、現在の運用や当局の見解が同じであることを保証するものではありません。求められた場面では、階級と理由を確認し、状況を記録しておくことが現実的な対応になります。
なお、この発言をした当時の長官は2025年6月22日に退任しており、2026年8月時点の長官とは別人です。
6. 供述(Section 112)と署名するときの注意
マレーシア弁護士会の解説によれば、刑事訴訟法第112条に基づく事情聴取について、逮捕されていないのであれば応じる義務はなく、弁護士の同席を求めることもできます。また「答えることで自分が犯罪に問われるおそれがある質問については、回答を拒否し黙秘してよい」と明記されています。
署名の場面では、両者が共通して慎重さを求めています。
- ●弁護士会:ノートか紙を持参し、聞かれた質問と自分の回答を自分のメモに書き留めておく。最後に、警察官が作成した調書と自分のメモを読み比べる
- ●Malay Mail:全ページを丁寧に読み、自分が話した内容が正確に反映されているか確認する。誤りがあれば署名前に訂正を求め、署名は最後の文のすぐ下に行い、後から書き足されないようにする
7. 逮捕された場合 — 24時間ルールとリマンド
- ●警察が捜査のために身柄を拘束できるのは最長24時間です。
- ●24時間で捜査が終わらない場合、警察は治安判事(magistrate)の前に連れて行き、勾留延長命令(remand order)を得なければなりません。このとき警察は、24時間を超えて拘束する必要がある理由を判事に説明しなければならないとされています。
- ●弁護士会の解説によれば、拘束は通算で15日を超えることはできません("In total, you cannot be detained for more than 15 days.")。
- ●本人はこの審理で弁護人の立ち会いを求めることができ、釈放、またはより短い勾留期間を求めることもできます。
弁護士会の解説では、拘束中に認められるものとして、弁護士への連絡と面会、十分な食事と水、1日2回の入浴、直ちに医療を受けること、釈放時の所持品の返還が挙げられています。Malay Mail も、弁護士への相談と、家族または信頼できる友人への連絡は権利である(緊急の取り調べが必要な限られた場面では警察が遅らせる場合がある)としています。
困ったときの連絡先
マレーシア弁護士会 法律扶助センター(Bar Council Legal Aid Centre)
- ●クアラルンプール:Unit 3.03, Level 3, Wisma Badan Peguam Malaysia, 2 Leboh Pasar Besar, 50050 Kuala Lumpur/電話 03-2691 1121・03-2692 1122
- ●セランゴール:No. 41, Jalan Bola Jaring 13/15, Seksyen 13, 40100 Shah Alam/電話 03-5510 7007
法律扶助センターは全国の州に設置されています。最新の一覧と連絡先はマレーシア弁護士会の公式サイトで確認できます。
在マレーシア日本国大使館
日本国民が事件・事故に巻き込まれた場合の相談窓口です。所在地は No.11, Persiaran Stonor, Off Jalan Tun Razak, 50450 Kuala Lumpur、代表電話は 03-2177 2600(大使館公式サイト記載)。連絡先や受付時間は変更されることがあるため、利用前に必ず大使館公式サイトで最新の情報を確認してください。
おわりに
ここで紹介した内容は、マレーシア弁護士会が市民向けに公開している一般的な情報と、それを報じた報道をまとめたものです。個別の事案に対する法的助言ではありません。実際にトラブルに巻き込まれた場合は、早い段階で弁護士に相談し、あわせて大使館にも連絡することをおすすめします。
権利を知っておくことは、警察と対立するためではなく、その場で冷静に、余計なリスクを増やさずに対応するために役立ちます。とくに言語や制度に不慣れな外国人にとっては、「何を求められているのか」「自分は今どういう立場なのか」を確認できるだけでも、状況は大きく違ってきます。
参考: Malay Mail(2026年8月9〜10日/2025年1月14日)、The Malaysian Bar 公式サイト「Human Rights and the Law: Your rights and the police」およびレッドブック Red Book — The Police and Your Basic Rights、SUHAKAM(マレーシア人権委員会)Media Statement No. 06-2025(2025年1月18日)、マレーシア移民局(Jabatan Imigresen Malaysia)公式サイト「Frequently Committed Offences」、The Malaysian Bar 法律扶助センター一覧、在マレーシア日本国大使館公式サイト
情報時点: 2026年8月10日。法令の運用・罰則額・連絡先は変更される場合があります。最新の情報は各公式サイトでご確認ください。