米国でピックルボールの「音」が争点に ― 静音基準は600ヘルツ・80デシベル、住宅から750フィートを求める声も
米国でピックルボールの人気が住宅地にまで届くにつれ、コートの「音」が地域の争点になっている。2026年8月11日には米イリノイ州の地方紙ネットワーク Shaw Local が、複数の公園当局がコートの設置場所を見直している実情を報じた。フロリダ州では2026年2月、住宅所有者が管理組合を相手取って提訴している。競技統括団体は静音製品の認証制度で応じているが、その基準は「600ヘルツ・80デシベル」という具体的な数字だ。都市部にコートが増えつつある日本にとっても、他人事ではないテーマになってきた。
なぜピックルボールの打球音は「刺さる」のか
問題は音量だけではない。米国の競技統括団体 USA Pickleball は、通常のパドルがボールを打つ音を「1,100〜1,200ヘルツ、85デシベル以上」と説明している。Shaw Local の記事も同じ周波数帯を挙げ、打球音は「しばしば90デシベル」に達すると報じた。
鍵になるのは1,100〜1,200ヘルツという高さだ。この帯域の音は人の耳に鋭く届く。加えてピックルボールはラリー中の打球回数が多く、断続的な破裂音として長時間続く。同じ場所にテニスコートがあったときは問題にならなかったのに、ピックルボールに転用した途端に苦情が出る、という現象の背景にはこの音質の違いがある。
USA Pickleballの静音基準は「600Hz・80dB」
USA Pickleball は2023年9月25日、用具に「Quiet Category(静音カテゴリー)」を新設すると発表した。対象はパドル・ボールに加え、パドルカバーやコートの騒音緩和スクリーンにも及ぶ。
この基準は、競技の音響特性を把握するための15か月間の調査を経て策定された。同団体で用具規格・施設開発を統括する Carl Schmits 氏が携わっている。2023年11月には、この基準を満たす第1号の認証パドルとして OWL Sport 社の「The OWL」が発表され、USA Pickleballはこの製品を「市場で初めて600ヘルツ未満・80デシベル未満を達成したパドル」と紹介した。通常のパドル(1,100〜1,200ヘルツ・85デシベル以上)と比べると、単に音量を下げるだけでなく「音の高さ」そのものを大きく下げている。USA Pickleballの発表によれば、騒音を50%削減できるという。
USA Pickleball は静音カテゴリーとは別に、「Competition-Certified Category」向けにも、メーカーが騒音低減製品を投入するよう促す奨励制度を設けている。
ただし注意点がある。この静音カテゴリーはレクリエーション用途の位置づけであり、公式戦での使用を前提としたものではない。
訴訟になった米フロリダの事例
規格だけでは収まらない場面も出てきた。フロリダ州の地元テレビ局 CBS12 が2026年2月3日に報じたところによれば、ボカラトンの住宅地「Parkside at Boca Trail」の住民が、テニスコートをピックルボール用に転用した管理組合を提訴した。
訴状では、打球音が「何時間も続きうる鋭く反復的な衝撃音」であり、屋外スペースを楽しみにくくなったと主張している。住民側代理人の Keith Grumer 弁護士は「(音が)住民の家の中にまで入り込んでくる。窓を開けられない」と述べた。問題のコート2面は、住宅から約100フィート(約30メートル)の位置にある。
同弁護士によれば、全米的なガイドラインでは、騒音対策を施していないピックルボールの音について最大600フィート(約183メートル)の離隔が推奨されている。約100フィートはその6分の1にすぎない。住民側は、使用時間の制限、防音対策の義務づけ、あるいはコート転用の撤回を求めている。
一方、同局の取材に応じたプレイヤーの Connie Lomonaco 氏は「音なんて気にならない。ゲームの一部だ」と対照的な感想を話しており、地域内でも受け止めは割れている。
「今なら750フィート未満はためらう」— コートを作る側の変化
より実務的な変化は、コートを新設する側で起きている。Shaw Local が2026年8月11日に報じたイリノイ州の状況は具体的だ。
セントチャールズ公園区で公園・計画部門を統括する Laura Rudow 氏は、住宅から500フィート強(約152メートル)の位置にある Belgium Town Park のコートを踏まえ、「今なら750フィート(約229メートル)未満はためらう」と語った。実際に運用してみて初めて分かった距離感ということだ。
マクヘンリー市の Knox Park では2025年のメモリアルデー直前に6面が開場したが、近隣住民の裏庭までは約520フィート(約158メートル)。ペルー市の Washington Park に至っては、コートと周辺住宅の距離は150フィート(約46メートル)しかない。
論争は民間開発の場にも持ち込まれている。マクヘンリー市議会では、第4区市議の Chris Bassi 氏が、600戸規模の分譲地「Preserves of Boone Creek」の計画からピックルボールコートを外すよう住宅デベロッパーの Lennar に求めた。同氏は騒音を理由に計画への反対票を投じたが、計画自体は7月に市議会で承認された。
日本ではどう考えるべきか
日本の事情は米国とかなり違う。600フィートや750フィートといった離隔距離を都市部で確保するのは、そもそも現実的ではない。
国内のピックルボール専門メディア「ピックルボールワン」(運営: PICKLEBALL ONE, Inc.)は2025年1月の記事で、住宅地からの距離について「最低でも250フィート(約76メートル)」という目安を紹介し、この距離で約36デシベルの減衰が期待できると説明している。対策としては、近隣住民への配慮が必要なエリアでのプレイに静音パドル・静音ボールの使用を勧めるとともに、「エコバリア」と呼ばれる吸音材を組み込んだ防音壁の導入事例を紹介している。
同記事は同時に、静音パドルや静音ボールは「特に公式試合では使用できない場合が多い」とも書いている。普及の現場と競技の現場とで、使う用具が分かれていく可能性がある。
まとめ
- ピックルボールの打球音は1,100〜1,200ヘルツと高く、音量以上に耳に届きやすい
- USA Pickleball の静音カテゴリーの基準は600ヘルツ・80デシベル。対象はパドル・ボールのほか、カバーや防音スクリーンにも及ぶ
- 米国では住宅からの離隔をめぐり、訴訟や住宅開発計画への反対意見が現実に起きている
- 日本は距離を取りにくいぶん、用具・防音壁といった運用面の対策が中心にならざるを得ない
コートが増えること自体は競技にとって前向きな話だ。ただし地域と長く共存できるかどうかは、開場する前にどれだけ音を計画に織り込めるかで決まる。設置を検討する施設や自治体にとって、米国の試行錯誤は先行事例として参考になるはずだ。
参考: USA Pickleball「USA Pickleball Announces Quiet Category For Pickleball Products」(2023年9月25日)、USA Pickleball「USA Pickleball Announces its First Certified Quiet Product」(2023年11月14日)、Shaw Local News Network、CBS12 News、ピックルボールワン。情報は2026年8月13日時点。